刀剣嫌いな少年の話 拾漆(完)


   ***

 時間遡行軍出現に伴う時空の歪みと、生じた乱気流による暗雲。さらに濃い穢れと瘴気で、暗い光しか降ってこない空間の中を、豆粒のような光が舞っている。――蛍だ。
 小さくて頼りにならない光も、数が集まれば、大きくて強い光になる。蛍たちは、庭に鎮座している祠の周りを護るように飛んでいた。

 その祠の前には、大きくて長い太刀を持つ刀剣男士が二人。
 一方は、岩石すら両断できるであろう刃を煌めかせ、霊的な力を刀身に宿した大太刀を握った、烏帽子を被る男。もう一方は、同じく大太刀を頭上に構えた小さな子供。宙を舞う蛍が定期的に近づいては、その刀身が淡い光に包まれている。

 石切丸と、蛍丸だ。

 どちらも、迷いのない動きでそれぞれの大太刀を振るった。

「厄落としだ!」
「じゃーん、必殺技でーす!」

 周囲に群がってくる太刀や大太刀、打刀を一掃する。
 だが、攻撃範囲が広い分、動きの俊敏性は大きく欠けていた。蛍丸は大太刀の刀剣男士としては比較的早く動き回れる方であるが、どうしたって敵の短刀や脇差の速さには敵わない。そもそもの作りが違うのだから、努力で埋まる差ではないのだ。
 嵐のような派手な斬撃を掻い潜った歴史修正主義者がいた。短刀を咥えて牙を剥く二体の敵が、身をくねらせ、高速で石切丸と蛍丸に肉薄する。

 しかし、二人に焦りの色はなかった。

「詰めが甘い!」
「読めていますよ!」

 全く別の方向から、地を滑る勢いで走り込んできて、敵の前に回り込む小さな二つの影。
 マントを着たおかっぱの少年・前田藤四郎が、前田家で伝わってきた「護る」ための短刀を順手で持ち、容赦なく敵の頭蓋に叩き込む。続けて、もう片方のおかっぱの少年・平野藤四郎が逆手に構えた短刀を振るう。大振りな、広直刃ひろすぐはの刀身は、魚のような図体である細長い敵の体を豪快に両断してみせる。

 空中で塵となって消えていこうとする歴史修正主義者は、せめてと思ったのか、体を大袈裟なほど大きく震わせて、纏った瘴気を祠の方へと散らした。

 無論、そんな苦し紛れの攻撃を浴びようはずもない。石切丸と蛍丸が、すかさず敵の瘴気を打ち払った。
 この結末を見届けたのかは不明だが、敵短刀はそのまま何も成す事はできずに消え失せた。だが、ただの短刀でなかったことは確かだ。頭蓋を割ってなお動こうとしていた恐ろしい執念に、前田も平野も歯噛みしつつも、すぐにこちらに迫る敵を屠ろうと走り出す。

「敵も必死だね。結界が張り直されちゃってるから焦ってる」

 大太刀を構えて牽制する蛍丸の目は、薄暗い庭の中でも、それこそまるで蛍のようにぼんやりと光って見えた。
 言葉の調子はいつも通りだが、瞳の光は〝護る〟ことへの信念で灯っており、真剣みに帯びている。

「そうだね。でも、主の霊力で張るべき結界を、本丸の外から……この本丸の審神者ではない審神者殿と、こんのすけが形成しているんだ。本来の強度には随分劣るよ」
「分かってるよ。だから俺たちが〝核〟を護ってるんでしょ」

 石切丸が一度刀を下ろし、祠の中を確認する。
 中に安置されているのは、本丸の結界を形成する〝核〟となる宝玉だ。まだひび割れているものの、かなり修復が進んでいた。

「今度は私がやるね」
「うん」

 蛍丸から頷きが返ってきたのを確認してから、御神刀は〝核〟に手を翳し、目を閉じる。しばらくすると、掌が微かに輝きを見せ、呼応するように宝玉も輝いた。そして、本当に僅かで、誤差のように思える程度だが、〝核〟についている傷が修復された。

(不幸中の幸いとは、まさにこのことだ)

 少年がかけたアクセスブロックのせいで、刀剣男士を送り込むことができていなかった時間は、緊急事態と称することができる状況下において、決して短いと言える長さではなかった。子供が一人で奮闘している間に、〝核〟を祠ごと破壊されていたら、本丸の結界の再形成は困難だったはずだ。媒介があるから、粗が目立つものでも瞬時の形成が可能なのである。
 推測でしかないが、倒す相手は少年だけだと思って油断した敵により招かれた希望だ。おかげで、無尽蔵な敵の増援を食い止めることができた。
 

 今更になって、敵も祠の中の〝核〟を狙ってきているが、この近くに飛ばされてきたのは石切丸と蛍丸、前田に平野の四人だ。
 穢れを祓うのを得意としている石切丸がいることも、大太刀でありながらも機敏な動きが可能な蛍丸がいることも、大太刀の隙を充分にカバーすることができる短刀が二人いることも、全てが幸いした。

 上手くできないかも、可能な限りやってみるけど厳しい――そんな風に言っていた、眼鏡の審神者も、かなりの実力者であることは自ずと知れた。勿論、多少失敗したり、刀の振り分けを想定とは異なる形にしてしまったりはあるだろう。
 しかし、この緊急事態に、百点満点の働きを見せる必要性は皆無だ。

「無様を晒して良いから生き残れ、だって」

 〝糸〟が繋がれて、初めて下された主命を、ぽつりと口にする。
 蛍丸は、空中を浮遊する蛍を見つめ、目を細めた。蛍は、彼の神気の欠片が具現化したものだ。

「主らしい主命だなと感じるよ。あの子は、砕けた岩融さんのことも、諦め切れずに直そうとした」
「どうして前の審神者は、俺たちにそんな風に言ってくれなかったんだろう」

 蛍丸の脳裏を過っていったのは、自分たちを見つけた――否、見つけてしまったときの、複雑な表情を浮かべた赤髪の短刀だ。彼は、会えて嬉しい、本丸に迎えてしまうことになって辛い……他にも沢山の感情が綯交ぜになって、泣き出しそうな顔をしていたのは、よく覚えている。
 そして、人の形を与えられた明石国行と蛍丸の前で、用済みの愛染国俊は戦場で華々しく散るでもなく、ポキンとあっけなく折られた。

「……ごめん、言っても仕方ないのにね」

 前田と平野によって足を傷つけられた大太刀が、よろつきながらもこちらに走ってくる。
 柄を握りなおし、刀を構える。
 蛍丸の隣で、石切丸はそっと息を吸った。この祠の周辺に穢れが溜まり過ぎてしまわないよう浄化を試みていても、瘴気は確かに感じられて肺にも入ってくる。非常に不快だ。

「もしも、最初からあの子が〝主〟だったら、愛染さんは折れずに済んだという話かい?」

 敵の大太刀は、傷を負わされたことに苛立っているのか、担いでいた巨大な刀で意味もなく降り積もった雪を地面ごと抉った。大太刀の纏う霊力は、他の敵と比べると強い。
 前田と平野は、他の敵をさばくのに必死で、これ以上大太刀の足を止めさせることは難しい様子だった。
 敵大太刀の太い足から流れ出ている血は多く、深い傷だと分かる。だが、それすらハンデとは感じさせない気迫を放っている。

「……私は、顕現されるのが遅かった。愛染さんも再顕現されることはなかったから、この本丸で会うことはできていないけれど……」

 石切丸は、隣の蛍丸の小さな背中に片手で触れる。

「確かに、初めからでなくても、もっと早くあの子が私たちの主だったら、これほどの犠牲を生まずに済んだだろうね。愛染さんも折られなかっただろう」

 敵の大太刀が、傷ついた足に力を込める。雄叫びを上げると、速攻を仕掛けてきた。手負いとは思えない、大太刀らしからぬ速さは火事場の馬鹿力だろうか。
 大きな刃が、強大な殺傷能力を持った状態で振り下ろされる。

 ガキィィン!

 一歩前へ進み出た石切丸が、大太刀・〝石切丸〟を掲げ、真っ向から受け止めた。

「っ!」

 激しく耳障りな金属音が響き、石切丸は眉根を寄せた。間近で見える敵の刃は、刃毀れしていて、ぼろぼろだ。ほとんど捨て身の攻撃であることは知れた。刺し違えてでもという覚悟を感じる。鍔迫り合いになり、歯を食いしばる。

「でも……! 〝今〟、私たちはあの子を主として戦うことができる!」

 敵の方が図体は大きい。
 だが、石切丸も、政を行うためでも、病魔を切るためでもなく、歴史を護る戦いに使われるために顕現された刀剣男士だ。打撃・斬撃の重さで引けを取るわけにはいかない。

「愛染さんを失った蛍丸さんにも、生きろとあの子は言っている……!」

 力を込める中、切れ切れになりながらも言葉を紡ぐのを聞いて、蛍丸ははっとした。

 〝もしも〟〝こうだったら〟〝こうしていれば〟
 歴史を護る刀剣男士が、過去の事象に対して可能性の話をするべきではない。ただ、〝糸〟が繋がった途端、半ば強引に叩きつけられた主命は、異常であった。折れたとしても分霊からの再顕現が可能となる刀剣男士に向けて戸は思えないほど、命の尊さを孕んでいるもの……刀を折ることについて何とも思わない男であった前の審神者の口からは、到底出ない主命だ。

 あの男と、子供は、似ても似つかない。

(……そっか。俺……)

 分かり切っていたが、同時に思ったのだ。
 審神者を良いものだと理解できずにいなくなった愛染国俊に、この幼い審神者を知ってほしかった、と。

 後方から迫ってくる一体の敵大太刀が、蛍丸の瞳に映った。大きな体をものともせず、回転させながら遠心力も味方にして刃を振るってくる。
 周囲を舞っていた蛍が光の粒となり、小柄な刀剣男士の持つ刃に集結――否、あるべき場所へと、戻ってくる。

 敵が、嗜虐的な笑みを浮かべる。
 大して、蛍丸もにっと口角を吊り上げた。膝を曲げて雪を踏みしめると、両手で構えた〝蛍丸〟を腰の後ろに引いたかと思えば、勢いよく振り抜いた。

 相手も、同じく大太刀の刃。大きな得物がぶつかり合い、火花が散る。
 敵からしたら、蛍丸の小さな体から放たれた強すぎる力は、誤算だったのだろう。一瞬だが、空虚かつ妖しい光を灯した目に、戸惑いの揺らぎが生まれる。

「ねえ。俺たちが来るまで、一方的に主さんを殺そうとしたんでしょ? なのに、できなかった」

 蛍丸は、初めてあの子供を「主」と呼んだ。それは、どうしようもなく胸の中にしっかり落ちて、言いようもない心地良さに満たされる。
 尤も、〝糸〟が繋がれたということは、己もあの審神者を認めていたことに他ならないのだが。

「主さんが一人の時間があってさ、お前らにとっては絶好のチャンスだっただろうに、俺たち刀剣男士がきちゃうし。運がないね、お前ら」

『主従関係を結ぶの、嫌みたいで、拒否されちゃうんだよ。俺はまだその気はなかったけど……結びたい刀は沢山いたのに』

 愚かなことだと思った。愛染のことを引きずって、しれっと、自分はまだ信用しませんといった態度を見せておきながら、とうの昔に認めていたのだ。絆されていた。とんだかっこつけだ。

「俺たち、あの主さんの刀剣男士だよ?」

 近くで戦っている刀剣男士が、笑った気がする。蛍丸の啖呵が聞こえているのだろう。
 だから蛍丸も、高らかに宣言する。

「本気の俺たちは、すっげぇんだからね! 守り抜いてやる!」
「今だ! 前田さん、平野さん!!」

 石切丸と蛍丸が、それぞれ鍔迫り合いになっている二体の大太刀の歴史修正主義者。その背後に、前田と平野が一気に距離を詰めた。

「隙だらけです! 倒れなさいっ!」
「僕らの間合いとなった、あなたたちの負けです!」

 短刀の叫びと共に、刃が大太刀の背後から頸動脈を抉る。
 噴水のように血が噴き出し、巨体が痛みに身をよじって、断末魔を上げた。その声に吸い寄せられるようにして、脇差や太刀を携えた歴史修正主義者がどこからともなく集まってきた。
 素早く巨体から短刀を引き抜いた前田が、マントを翻しながら振り向く。――と、

 ――パァン!

 大きな破裂音と同時に、前田の被っていた帽子が宙に飛んだ。

「前田っ!」
「……何のっ! 皮一枚です!」

 平野の視線の先で、前田はこめかみを抑えながら膝をついた。
 直撃は免れたものの、避けきることはかなわなかった。指の隙間から赤い血が流れ落ちつつ、気丈に顔を上げる。軽い脳震盪に、険しく眉根を寄せて体が不安定に揺れた。だが、これしきのことで戦線離脱は有り得ない。

 素早く平野は周囲を見回す。銃兵の刀装をのせていると見える敵短刀を視界にとらえるや否や、そちらへ向かって跳ねた。
 敵も平野に目をつけられたと気づいたらしい。あまりの速攻に逃げるのは間に合わないが、ただ攻撃を甘んじて受けるはずもなかった。短刀の刀剣男士が眼前に飛び出してきた途端、至近距離で銃兵の銃が再び、火を噴く。

「~~~っ!」

 至近距離で響いた破裂音。咄嗟に頭を大きく横に逸らした平野の肩に穴が開き、血が舞う。素早い動きに、照準を頭に合わせたはずでも、銃弾の行きついた先は逸れた。
 平野、と前田が叫ぶ。痛みは強い。だが、怯むに至ることはなかった。

「主さまに危害を加えるあなたたちに、負けるわけにはいかないんですよ!」

 吼えて、敵短刀を銃兵の刀装もろとも両断する。
 消滅した敵がいた屋根に着地して、ふと、唐突に思い出した。

『……いいんだよ、それで』

 まだ、あの子供の審神者に敵意を抱いて、鶴丸の呼びかけで反旗を翻したあの夜。平野と前田は、ともに屋根の上で、後藤、今剣と対峙した。審神者のことなんか信じられないと思っていたし、審神者に対する復讐心は、鶴丸に言われたからだけではない。最終的には自分たちで決めたのだ。

 後藤と今剣に、屋根から落とされて、おしまいだと悟った後に告げられた、思いがけない言葉。
 自分たちはあの時、ずっと我慢して口にしたことなどなかったはずの「痛い」という言葉をいとも簡単に吐き出し、幼子のように泣いた。

『お前らは、ずっと痛かったんだよ』

 そう。痛かった。仲間と刃を交えた心も、負った傷も、沢山の仲間を審神者のせいで失った過去も、痛かった。

「……主さま。あなたも、ずっと痛かったのでしょう?」

 頭に浮かぶのは、笑わない子供。そのくせ、自分たちに痛かったのだと教えてくれた時には、ことさらに優しい顔をしていた。思えば、子供らしからぬあの大人びた表情は、かつて少年がいた本丸で、親代わりでもあった審神者を真似ていたのかもしれない。
 余裕はなかったから、あのときは気づけなかった。だが、よく思い出してみると、少年は唇を噛んで、泣くのを堪える顔ではなかったか。こちらには、泣いて良いと言うのに、子供自身はそれすら許さないと言うように。

 平野は跳ねて、再び庭へと着地する。前田と目が合う。
 肩からしぶく血を手で抑えながらも笑みを浮かべる彼に、前田の瞳から心配の色は抜け落ちた。不敵に、笑って見せる。

「僕たちは、もう大丈夫」

 同時だったか、それとも二人のどちらかがそう言ったのか、自分たちでも分からなかった。気持ちは真っ直ぐと同じ方向に向いている。
 あのときと比べれば、もう痛くない。
 ひたすらに、あの子供の為――否、あの子供と共に、本丸を護るために戦いたい。

「平野。この戦いが終わったら、主君とどんなことがしたいですか?」
「今回のようなことを繰り返さないように、まずはお話をしたいなとは思ってます」
「え、いきなりお説教……!?」
「主さまの過去は知りました。ですが、だからと言って同じ無茶を繰り返されたら、嫌でしょう?」

 生真面目な短刀らしい意見ではあった。彼はこの本丸で初めて鍛刀された刀でもあり、加州と共に全てを見続けてきた最古参だ。だからこそ、責任も感じているのかもしれない。
 平野は、前田の顔を覗き込む。

「前田は?」

 歴史修正主義者の大太刀が二体、驚異的な隠蔽力を持って背後から忍び寄る。大きな影が二人の短刀に覆いかぶさるが、驚く素振りは見せない。
 問い返された兄弟が、ゆっくりと笑う。最初から答えは決めていた様子で、口を開く。

「主君の力で……この本丸で。いち兄に、会いたいです」

 太刀・一期一振。粟田口派の刀剣男士の中で、人間の真似事をするならば「兄」にあたる刀剣男士。
 薬研は、かの太刀を見つけて来いと言われ、無茶な出陣ばかり強いられていた。粟田口の刀たちは、こんなところに一期一振は来ないで欲しいと願っていた。

「いち兄に会って、たくさんお話して、主君のために刀を振るいたいです。それから……ん、と……」
「主さまと、一緒にたくさん、笑いたい」

 平野が続けた言葉に、一瞬だが前田の目が丸くなる。
 そして、心底嬉しそうに口元に三日月を浮かべた。

「はい!」

 その未来のためにも――。前田と平野は振り向く。
 人ならざる声を上げ、大太刀を振り上げている巨体。恐れなど感じない。この者たちは敵だ。己が主に痛みを与え、主が抱える痛みを不用意に抉ろうとする、許されざる者たちだ。

 二人は地面を蹴った。懐に飛び込み、そこに刃を突き立てる。敵はそれでも大太刀の切っ先を自身の腹部に向け直し、容赦なく平野と前田を己もろとも刺し殺そうとした。
 だが、後ろから豪風のような勢いで振るわれた大太刀により、敵の首があっけなく刎ねられた。進み出てきた石切丸と、蛍丸の所行である。

「結界の〝核〟、壊せるものなら壊してみると良い。私たちがいる限り、近づくことすらできないだろうけれどね」
「俺たちは強いよ。時間遡行軍」

 敵の数は多いままだが、四人の戦意は削がれるどころか、いっそう強く燃え滾る。
 さあまだまだ行くぞ、と刀を構え――

 ――ズンッ!

 突然、表現し難い衝撃が襲ってきた。息苦しくなるほどの強い瘴気と、気配を感じるが、彼らがいるこの一帯ではない。だが室内ではなく外、すなわち広い庭のどこかが発生源だ。

「これは……!?」
「……! 前田さん、ごめんよ!」

 狼狽えた前田に迫ってきた敵脇差にいち早く気づき、石切丸が大太刀を振るう。だが、蜘蛛のような出で立ちをした敵の方が動きは早かった。素早く繰り出された刃は石切丸の脇腹を切り裂く。

「石切丸さま!」

 平野が叫び、敵脇差に飛びかかる。
 敵の猛攻は別方向からも続いた。舞っている蛍のざわめきに蛍丸が気づき、ほとんど反射で後ろめがけて大太刀の斬撃を放った。派手な金属音が響き、祠に近づいていた二体の敵太刀の刃を受け止め、歯噛みする。

 この上ないほどにまずい気配が確かに感じられるが、応援に駆け付けることは難しそうだ。結界の〝核〟が破壊されては、敵の増援を許すことになり、戦況が大きく変わるだろう。
 ……しかし、増援でないとすると、突如現れたこの気配は、ずっと隠れていたということになる。

 能ある鷹は爪を隠す――強大な気配を隠し通せる頭がある敵はかなり厄介かもしれない。

 嫌な気配に、彼らの胸はざわめいた。