刀剣嫌いな少年の話 拾漆(完)


   ***

 鶯が鳴いているのが聞こえる。

 庭を彩るのは、満開の桜。優しい陽射しが庭全体を眩しく照らして、池の水面は美しく輝いていた。

 一人の青年が立っている。
 黒い袴に、若草色の着物を着て、首には赤みがかった藤色の襟巻を巻いている。背中の中頃まである長い黒髪は、白いぽんぽんのついたヘアゴムで一つに括っていた。
 そんな彼の手には、三通の手紙が握られている。

 青年の視線が、目の前にある木に注がれる。庭の中でも最も大きな、桜だ。
 木の幹には、沢山の刀剣男士の銘が刻まれている。彼らは、ここでずっと眠っているのだ。

 今日は、特別な日だった。だから、ここで待っている。

「主」

 後ろから、足音がした。
 青年は振り向く。

「更に強くなって帰ってきたぜ」

 編み笠と、身に纏った旅装束を取り払う。
 新たな装いを見せつけながら、青年の〝はじまりの刀〟は高らかに言った。

「新獅子王、見・参!!」
「何が新なの。いつも通りの獅子王だろ」
「ひっでー! 帰ってきて早々それかよ!? 本当に強くなったんだって!」
「あーそ。じゃあそれは次の出陣で見せてくれ」
「よっし! 望むところだぜ!」
「獅子王」
「うん?」

 青年は灰色の目を細めて、手を差し出した。

「おかえり。改めて、これからも宜しく」

 〝はじまりの刀〟は、歯を見せて笑いながら青年の手を握り返す。
 そこにあるのは小さな手ではなく、成長して大きくなった手だ。それでも何も変わらない。

「おう! この獅子王様に任せろってんだ!!」

 あたたかな風が吹く。
 桜の花弁がきらきらと輝きながら、鮮やかな青空へと舞い上がった。

――刀剣好きな少年の話

――完