刀剣嫌いな少年の話 壱
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何がどうしてこうなった。
全ての事の発端は、締切間近の仕事を引受けたこと。
引受けた理由は、他にやることがなかったから。それだけ。
引受けた仕事は、荒れ果てた本丸の引継ぎと立て直しだった。立て直しというのはどこまでやれば良いのかと言うと、最低でも穢れを全て払うことだった。もしかしたら、相手が子供だからとすごく単純な形で説明してくれたのかもしれない。でもわざわざ難しい事ごちゃごちゃ考えたいとも思っていなかったし、寧ろ有難いなと思った。
子供らしくない、と手続きの途中で役人に尋ねられた。「子供らしくないと何か問題でも」と聞いたら「かわいくない」と言われた。うるせえよ、可愛くなくて良いよ別に。どうせ、子供らしくないんだから。
いざ問題の本丸に向かうときに、今も昔もその本丸の担当だという管狐があれこれ話をしてくれた。でも半分以上は右から左へ聞き流した。
はっきり言って、聞いてるの面倒だから、辛そうに言葉を並べようとしてるときは言わなくて良いと言っといた。うるさいし黙っててという意味を込めたんだけど、何か俺が気を遣ったんだみたいな超解釈されて、またえらく感謝された。そうじゃねえよ。
聞いてたというか、頭に入ったのは主にこの部分。
何でも、その本丸は前任者が凄く嫌な審神者で、酷い待遇を受けた刀剣男士がいるらしい。で、人間に対して酷い敵意を抱いているかもしれない。だから危険だと。でも頑張って生きてたから本丸解体は可哀想で募集かけて引っ掛かったのが俺だった。ふぅん。必要な部分だけ聞いときゃいいや、くらいの気持ちでしか頭に入れてないけど。ぶっちゃけどうでもいい。聞いても聞かなくても結果行ったらそこで全部わかるだろ。
正直こんのすけがどこまで頑張ったかとかもまた興味ない。大変だったんだなーくらいしか思わない。だって俺とお前、今が初対面だし。
それにお前、すげー感謝してくるけど、何となく警戒してるじゃん、俺のこと。誤魔化せてるつもりなの? そしてすげえ刀剣の生き様がどうの言ってるけど俺そこまで責任負う気ないからね。あくまで、俺がやるのは、「立て直し」。刀剣それぞれのメンタルの持って行き方なんか知らない。
……ところで足場悪すぎない、本丸までの道。さっきから色んなところに引っ掛かるんだけど。足がつまずくだけなら良いよ。でも、襟巻、余った部分は両肩に引っ掛けて後ろに垂らしてるんだけど、その端っこが引っ掛かったとき首絞まるかと思ったんだけど。
そんなこんなで本丸に到着した。成程、門の前に来ただけでも酷い瘴気だ。この中で刀剣男士様は生活してんの? よくできるな。気持ち悪い濃さなんだけど。
ああ、でも本丸、原型あるじゃん。何だ。酷いのは瘴気とかその辺か。そういえばそうだよな、あくまで引継ぎでクソみたいな審神者でも普通に最低な運営してたってただそれだけだもんな。
立ち止まって眺め続けていたら、何かまた狐があれこれ話し始めた。お前、俺が何を思って止まってると思ったんだよ。怖がってるって? 怖がるわけないじゃん、この程度で。だって、本丸がまだ残ってる。大したことねえじゃん。もっと荒れ果ててるのかと思ってた。
本丸に入ると、酷すぎる瘴気が身体にまとわりつく。うーわ、きっつい。
「それで審神者様、最初はどうされるおつもりで? やはり、刀剣男士様にご挨拶でしょうか?」
何故そうなる。この瘴気やばいって思わないのか。思わずこんのすけをガン見してしまったが、こんのすけの方は本当に分かってない顔をしていた。
…そっか、そういえば、お前元々ここ担当だったんだっけ。成程。この瘴気は日常なわけ。
「刀剣男士には会わない」
「えっ」
「その前にやることあるだろ」
さて、どこかな、と思いながらとりあえず本丸の敷地内をぐるりと歩き回る。壊れまくった馬小屋とか荒れ果てた畑とかゴミとかも滅茶苦茶に散乱していたりしたけど、まあ良いかと思ってそのまま歩き続ける。
途中で、呻き声みたいなのが聞こえた。ちらりと周り目をやると、池の近く(池も鯉とかは生きていけないだろうなっていう酷い淀み方をしてて苔も浮きまくってた)の太い木の後ろで、金髪の誰かが蹲っているのが見えた。結構距離があるのに聞こえたってことは、急に痛んで咄嗟に声が出てしまったんだろう。いる位置とかを見るに、明らかに俺から隠れてる。
(こんな子供にこそこそ隠れる事ないのに)
呆れながら、俺は気づかなかったふりをして歩いた。
やがて、本丸の隅に祠を見つけた。はあ。結構広いなこの本丸。そういえば本丸の広さって霊力の強さに比例する部分もあるんだっけ。前任何者。
祠の中を確認すると、幸いそこに結界の核を見つけた。本丸全体を覆う結界の張り方については特殊も何も無かったらしい。これなら、俺でも分かる。
「あの、審神者様…?」
「結界、これから張り直す」
「は!? え、あの、張り直すって、全部でございますか!?」
当たり前だろ。
そう返したら、無茶でございます! と即答された。
あのなぁ、お前この本丸立て直してほしいんだろ。
このままだと瘴気と前任者の汚れきった霊力とで作られた結界があるってだけでこの本丸は崩壊していくだろうし、何より刀剣男士の怪我とかにも悪影響だ。植物も土も全て腐って死んでもらっては困る。立て直すにはまず霊力で構成されているところから、だ。結界を一新してしまえば、じわじわでも今この本丸に立ち込めている瘴気は少しずつ浄化されるはず。地道にあれこれ浄化するより先に一番悪い部分一気に直しちゃった方が早い。
そうして、俺は祠の前で一週間、結界の核から作り直して、本丸全体を覆う結界の張り直しに力を注いだ。
想定通り、一週間で結界の張り直しが終わった。…っていうかあの刀剣男士ずっと俺のこと監視してたな。飽きない? 延々見てたでしょ。一回あの呻き声で気づいちゃってから気になって仕方ないんだけど。
こんのすけは何か驚いてた。本当に全部張り直すなんて、と呟いていたけど、一応霊力の強さ認められてここ任されてるからな。…何て、抗議するのもだるかったので適当な受け答えだけしておいた。
子供の身体に見合わない霊力の強さ。驚かれるのはもう慣れてる。どいつもこいつも、同じことしか言わないんだから。
で、結界を張り直して、次にやることこそここの刀剣男士への挨拶だ。こんのすけに頼んで、とりあえず刀剣男士をどこかの一室に集めてくれるように頼んだ。
気が重いなー、と思いながら挨拶に向かってみたら…うん。まあ、予想はしてたけど。こんのすけが散々止めて来るから逆に面倒になって開けたら、吃驚するくらい予想通りに刀が突き出されてきて逆に冷静になった。随分な歓迎の仕方に苦笑すら漏れない。刀突き出してない奴の中に、驚愕に目を見開いている奴もいたけど、無視をする。何なんだよ、その目。俺が死ななくてそんなに驚いた? 予想してりゃ避けられるわ。
連中が驚いている間に、部屋の中を見回せば、どいつもこいつもまあまあよく生きてるなっていう出血量でぼろぼろだった。案の定、手入れなんて受けてなかったみたいだ。何より血の匂いが酷い。そんなこと考えてたら何かまたぎゃあぎゃあ喚いてる、こいつら。その怪我でも意外と余裕な、お前ら。それだけ喋れるなら大丈夫だよ。良かったな。
でもあまりにうるせえから俺も思ってることそのまま言わせてもらった。
だって、何? 俺がここで前任者の分も含めて頭下げてへこへこすりゃ良いの? そんな義理ねえわ。俺は仕事引受けてここにいるだけなんだから。
嗚呼、うるさい。嫌いだ嫌いだ喚くなよ。
安心しろよ。
俺だって、お前らのことなんか、大っ嫌いなんだから。
―――そうやって話畳んだ後、ずーっと俺を見張ってたやつもまたついてきそうになったから、いい加減嫌気が差して声を掛けた。
結界のあれこれやってる間は外にいたから良かったけど、本丸に入ってからは外よりも距離が少し近づいて、はっきりと血の匂いが分かるようになっている。お前も相当深手だろ。動き回るなよ。
嫌いな人間相手にしねえで部屋戻っとけって促したつもりだった。あとは勝手に俺もやらせてもらおうとか、穢れの浄化に勤しもうとか、考えてた。なのに。
「……ごめん。もう一回言ってくれ」
「俺を手入れしてくれ」
もうやだ頭痛い。
最初。物好きなことに人間に話しかけてきた獅子王を適当にあしらったはずなのだ。
そして俺は、まず手入れ部屋を見つけて中に入った。
入った最初の感想として、「本当にここ手入れ部屋?」だ。見る限り惨殺事件の現場である。何で手入れ部屋なのにこんなに血が飛んでるの。訳が分からない。
少なくとも最近数日の間に「手入れ」のために使われた形跡なんて見られなくて、代わりに拷問器具みたいなのが転がってて、吐きそうになった。先にここの浄化だけするか、と思って何から手を付けようか迷って、まず手始めにと汚れきった手入れ道具を適当に見繕ったゴミ袋にぽいぽい放り込む。手入れ道具がどろどろのぐちゃぐちゃで、とてもじゃないが使えたものじゃない。
それから、こんのすけを審神者の霊力で召喚すると、新しい手入れ道具を今すぐここに出す様に頼んだ。それくらいできるはずだと思った。そしたら、こんのすけは凄く居心地が悪そうにしながら、新しい手入れ道具を出してくれた。
審神者様、と遠慮がちに声を掛けて来たけど、出してくれたことに礼だけ言って、あとは相手にしなかった。言いたいことあるなら言えばと言ったけど、何もなかったから。別に初めから、俺はこんのすけを味方だなんて思っていないし、俺に味方なんていないと思ってる。俺は俺だけだ、ずっと。
押入れを漁って、下の段の一番奥に眠っていた布団一式が辛うじて血に濡れていなかったので、それをずるずると引きずり出す。できるだけ汚れを拭けた場所まで出して、しかし畳は全体的に張り替えないとだめそうで唸ってしまう。畳も政府からの支給ってあったりするんだろうか。
――――審神者。ちょっと良いか。
考えてたら、手入れ部屋の外から声が聞こえた。獅子王だとすぐわかった。懲りずに来たということは、まだ監視する気なのかと内心呆れながら障子を開けてやる。何もしないと言っただろう。傷に障るのだから動かなきゃ良いものを。そう思いながら、案の定、障子を開けた先に立つ金髪の男を見上げる。
とたんに、「頼みがある」と言ってきた。
…そして、こうなった。
俺の前に座っている獅子王を何度見したか分からない。なあ、何でこいつここに座ってるの?
額に当てていた手を下ろして、目の前に座る獅子王に対し眉根を寄せる。
「手入れするってことは、お前の本体に俺が触るってことになるんだぞ」
「分かってる。俺もここで寝てなきゃいけないから無防備になるな」
「その間に俺がお前に何かすることは簡単なわけだ」
「そうだな、審神者に何かする気があるなら」
「………俺は、人間だぞ」
言うと、獅子王は少しの間だけ沈黙した。でも、困っているとかではない。
真っ直ぐに俺を見たまま、言葉を探す風でもなく。
「…あんたは、何もしないって言った」
さっきの会話のことか。ますます意味が分からなくなる。
「前いた審神者と同じ人間だ、俺は。その人間の言葉だぞ。それを信じるってのか」
あんなもん、ただの口約束で。人間同士でも破ることなんてザラなのに。
不本意なことに、俺は前の審神者と同じ立ち位置のはずだ。違うのは、やっていること。前は本丸を積極的に崩し、俺はそれを立て直す。違うのはそれだけ。あとは、お前らを顕現した主であるか、ないか。
「信じる」
目を見開く。目の前のそいつは、一切俺から視線を逸らさない。
―――本気だ。
息を呑んだ。本気で、言ってるのか。正気の沙汰と思えない。……けど……
「……ちょっと待ってろ」
俺は血で汚れた畳を見て、仕方ないと思いながら先ほど見つけた布団を部屋の中央まで引きずり出した。折角血で汚れていない布団だったけど、こうなっては仕方ない。あとで、手入れ部屋の布団は他の空き部屋にあるだろう布団と取り換えよう。
布団を広げて、それから今度は新調したばかりの手入れ道具を持ってくる。手入れ用の資材があるかを確認してなかったので心配したが、備え付けてある棚の引き出しを見てみると、何とか太刀一振り分はありそうだった。
「獅子王」
俺は、懐から札を取り出して、周囲に二枚程度、ぺたりと張った。瞬間、手入れ部屋の中にまた新たな結界が張られる。
「傷は何処」
「背中にでかいの一つ。あと多分肋骨数本折れてる。足首は痛えけど慣れちまったからよくわかんね」
「分かった」
布団に横になる様に促すと、獅子王は大人しくそれに従った。鵺も一緒に布団の上に乗る。…もうちょい広い布団にしないとだめだな。狭そうだ。
「大修理?」
尋ねて来る。見下ろせば、悪戯小僧みたいな笑顔を浮かべていて、困惑した。
……何でお前、俺にそんな顔向けるわけ。お前、酷い仕打ち受けた刀剣だろ。
「……大修理だよ。どう見ても重傷」
「へへっ……綺麗にしてくれよな」
――――っ、それは、俺に向けた言葉か。頭、おかしいんじゃないの。
顔が。顔が、歪む。俺は必死に手に力を込めた。
「黙れよ、刀剣」
「ひっでぇ。でもそっか、あんた、刀剣男士、嫌いなんだっけ」
「大嫌いだ」
もう喋るなよ、集中できないと変な風に直すかもしれないぞ、と脅すと、また獅子王は短く笑った。どうしてこの無防備な状況下で笑えるのか、本当に意味が分からなかった。
でもちゃんと黙ったから、それに安心して、俺は霊力を込め始める。
――――上手く、手入れが、できますように。
***
「獅子王様、ふっかーつ!!!」
声高に叫んでいるのにやれやれと息を吐きながら、俺は手入れ道具を片付けていた。引き出しの中まで血塗れ、ってことはあまりなかった(ただし物による)ので、比較的綺麗なところに新しい手入れ道具は入れておくことにする。
「すっげぇ、身体が軽い! 羽が生えたみてえだ! 今なら何でもできる気がするぜ! ありがとな審神者!!」
「あーそ。良かったな。じゃあ今すぐ部屋を出て行きやがってください」
うんざりしながら答えて汚れた包帯を片付ける。
獅子王が巻いていた応急処置の包帯はだいぶ不潔だった。どれくらい替えてなかったのか聞きたくなったが、聞いたら卒倒する気もして聞けなかった。
今から俺が手入れするんだし良いか、と無理矢理納得して済ませた。これは早々に処分しよう。傷は本当に酷くてだいぶグロかった。
「なあなあ、何か手伝うことねえ!?」
頬を紅潮させて身を乗り出してくる。
分かりにくかったけど、顔色も本当は相当悪かったと手入れしてから気付いた。こいつ、めちゃくちゃ健康な肌色してる。そんで案の定手入れ終わったらすげえ元気。ついでに鵺のもふもふ具合も増加した。それ元気か否か関係あったのかよ。
兎に角、何が言いたいかと言うと。
元気になった獅子王、とても、激しく、鬱陶しい。
「出て行きやがってください」
「手伝ったら出ていく!」
話を聞け。
「ねえよ、手伝いなんて。良いから元気になったなら出て行ってくれ」
「おう! あ、布団、片付けるな!」
「え? 会話成立してんのこれ」
自分が横たわっていた布団を積極的に丸めて押入れに戻しに行く。確かにそれは重いし、俺の体格だと結構きついから助かる、助かるけど……
(そうじゃなくて出てってくれって言ってるのに……!)
「うしっ、布団の片付け完了ー! ………」
獅子王がふと動きを止めて、部屋の中を見回す。目を細めて、何か意識を遠くへ飛ばしているかのような顔をしていたから、面倒だなと思いつつも声を掛けた。どうかしたか、と。
すると獅子王が、そっと肩を竦める。鵺をわしわし撫でてやりながら言った。
「ここが、ちゃんと手入れに使われてるの、俺、初めて見たんだ。ここって、やっぱり手入れ部屋だったんだな」
「……前は」
「手入れ部屋という名前の拷問部屋」
やっぱりな。
俺の反応が薄かったせいだろう、獅子王はこっちを見て、首を傾げた。
「驚かねえんだな?」
「さっき簡単な拷問器具だけど転がってるの見かけたから」
爪を指さして見せると、分かり易くそいつの顔が顰められた。爪を指さすだけで分かるってことはそういうのを使われた奴がいたか、あるいはその餌食になったか。でもそこまで確認する気はなかった。
迷うように視線を彷徨わせてから、獅子王が恐る恐る口を開く。
「それ、今は、何処に」
「ゴミ袋ん中」
「は!?」
「は?」
ぎょっとした顔を向けて来るもんだから俺もぎょっとしてしまう。
え? 俺があれ使うとでも思ってたのか? 使わねえよ見てるだけで気持ち悪い。ゴミ袋ん中あるだけでも落ち着かねえのに。とっとと捨ててしまいたい。本丸の外に出したい。手の届く範囲に拷問器具があるってだけですげえ嫌だ。
ぱちぱちと俺を凝視したまま目を瞬かせた獅子王は、やがて、堪え切れなくなったように笑い始めた。
「すっげーな、主は!!」
「何て?」
できれば空耳であれ。
***
できれば空耳であれ。そう願ったことが俺にもありました。
でも神は非情なもので、結局空耳ではないことが分かった。勘弁してほしい。何が悲しくて嫌いな刀剣にそんな呼び方をさせたいと思うのか。
しかも結局、獅子王はその後も手入れ部屋の掃除を手伝ってくれてしまった。畳剥がしたり、高いところの血を拭きとったり、別に良いと言ったのに桶に水を汲んできてくれてしまったり。
何が悔しいかと言うと、高いところは俺の身長では無理だったり、子供の力ではとてもできない重いものをどかしたりについては、すげえ助かってしまったこと。ただ、ちょこちょこ拷問器具やら所謂大人の玩具やら出てきたりして、それを見ると固まってしまっていた。でもそれは俺からしてみればどうでもいいくだらない品だ。目の前でゴミ袋にぽいぽい放り込んで、口縛って、一旦廊下に出しておく。で、新しいゴミ袋用意してきて、の繰り返し。
その度に嬉しそうに獅子王が俺を見るもんだから、その顔やめろの意味を込めて雑巾を顔面に投げつけておいた。
終始黙って手伝っててくれりゃまだ良いけど、これもまたそうはいかない。
「主って歳いくつ? まだ子供だよな? いや、何かあんまり子供には思えないんだけどさ!」「じゃあさ、親は? 親いるだろ? 何処にいるんだ?」「霊力すっげえな、さっき直接刀に触ってもらって吃驚しちまった! どこかで鍛えたのか?」「主、どこの時代の生まれ? 審神者って色んなところから〝すかうと〟されてくるんだろ?」「あ、あとさー主って…」
誰かこいつを黙らせてくれ。
頼る相手がおらず、試しに鵺に目をやったらふんと顔を逸らされた。そうだよな、お前どうせ獅子王の相棒だもんな……!
そして全部スルーしてるのに永久に話しかけ続けて来るこいつの鋼のメンタル何なんだ、普通反応ないと嫌にならねえ!?
一番驚いたのは、途中で髪を触られたことだ。首筋に近いところを触られたもんだから、咄嗟に身構えてしまった。だって人間の死角だぞ、そこ。
何事かと思ったけど、獅子王がやったのは俺の髪を一つに結んだだけだった。邪魔そうだしこっちの方がすっきりしてて良いぜ! とのこと。髪紐は獅子王が持っていた予備らしい。
余計なお世話だと思ったが、確かに下ろしてるよりは邪魔じゃなかったので、結んで貰った髪はそのままだ。
片付けが大方終わりつつあり、あとは新しい畳に張り替えるだけくらいになったところで、今度こそと思い獅子王を見た。獅子王は畳がはがされているところに胡坐をかいて座っていて、鵺を腕の下に挟みながらこっちを観察しているところだった。
…もしかして監視っていうかお前観察癖でもあるの。
「片付け、手伝ってくれてありがとな。もう良いだろ。出て行ってくれ」
「んー。でも俺、もうちょっと主と話してみたいな」
「ふざけるな、出て行け」
「なあ主」
だから話を聞けと。
「みんなのこと、手入れ、してくれよ。みんなすごく、怪我してるんだ」
思い出すのは、挨拶に行ったときの広間に漂っていた異臭。血の匂い。人間だったら確実に死んでるであろう出血量。ただ、刀だから、人間じゃないから生き延びているだけの、ぱっと見で分かる傷の数々。
「……嫌だ」
「何で?」
立て、と強く言ってやると、今度は渋々立ち上がった。床にぺたりと腹をつけていた鵺も移動して、獅子王の肩に器用に移動する。背中を押して、手入れ部屋の外へと追い出す。
「なあ、主。何で?」
繰り返し、尋ねて来る。
その目が、さっきまでとは打って変わって悲しそうで、俺は奥歯を噛んだ。
「刀剣が嫌いだからだ」
じゃあな。
そう言って、まだこっちを見続けている獅子王の目の前で、ぴしゃりと障子を閉めた。
――――みんなのこと、手入れ、してくれよ。
ぶる、と頭を振る。
嗚呼、やることは、やらなければいけないことは、何だろう。そうだ、まだ本丸をちゃんと見回れていない。庭は祠を探すときに一通り歩いたけど、本丸の中はまだ全然だ。まずそこから確認しないと。それから手入れ部屋はひとまず済みそうだけど、この調子だと他の部屋も怪しそうだ。早めにすませないと。
外はもう、暗い。
予想してたよりもずっと、獅子王の手入れに時間がかかってしまったし、その後の片付けも言わずもがなだ。何だか、目まぐるしく太陽が移動していったような気がする。どうせいつもと同じなのだろうけど。
(…忙しくて飯食い忘れた)
でも空腹よりも疲れた。本当に、疲れた。
背中に差している刀を外して、鞘におさめたまま抱え込む。そして、壁際に移動すると、ずるずると座り込んだ。
――――なあ、主。何で?
ぎゅっと目を瞑る。刀を抱える腕に力を込め膝を立て、そこに顔を埋める。
そして、静かに意識を、手放した。