刀剣嫌いな少年の話 拾伍

   ***

 床を見つめ、項垂れながら話していた黒いこんのすけは、そこで一旦口を閉じた。足元は涙が溜まりすぎてべちゃべちゃだ。今まで、堪えてきた分を全て流した気分だった。
 顔を上げると、刀剣男士たちは固唾を呑んで聞いていた。
 目が熱くて痛い。政府の式神が、こんなにも感情的になれるのだと、クロ自身も驚きだった。

「……私は、坊ちゃんのいる部屋に通い続けました。ですが、部屋には二度と入れてもらえなかった。……それから、しばらくして……坊ちゃんが、いなくなったんです。部屋から。持っていたはずの、刀剣も、襟巻も、なくなって。代わりに、どこから持ってきたのか知りませんが、審神者規則について書かれた本とか、霊力の使い方の……教則本とか。それが、色んなところに積み上げてあって」

 ぐし、と前足で涙をぬぐう。
 机の上で、眼鏡の審神者の前にプログラムを照射し続けているこんのすけを、見やる。

「……その後のことは。そっちのこんのすけの方が、詳しいんじゃないっスか」
「……!」

 太鼓鐘定宗の自害を受け、通報も多くされていた本丸にようやく、政府が介入することになった。審神者規則に違反し、穢れも酷く、本丸の主として適切ではないと判断され、前任は政府に捕縛されて審神者の任を解かれた。
 残された刀剣男士たちは、体にも心にも深い傷を負っていたため、通常の本丸として運営していくことは難しいと、政府には判断された。監査に入った役人が、危うく刀剣男士に斬られかかったこともその判断の後押しになっていた。

 本丸は解体する。
 意見がまとまりかけていたとき、こんのすけが待ったをかけた。たとえ極悪非道の運営をされていた本丸でも、懸命に生きていた刀剣男士たちを刀解することに疑問を呈したのだ。まるでそれでは、つらい思いをするためだけに顕現されたかのように思え、何もかも無意味に思えてならなかったから。

 政府はこんのすけの抗議を受けて、最低限の慈悲として、ダメ元ではありつつも引継ぎを行ってくれる審神者の募集をかけた。しかし、審神者は本丸を二つ掛け持ちすることはできない。クロが元々担当していた本丸の審神者のように、政府の役人が転向して引き継いでくれることなど、異例中の異例だ。だとすれば、新人の審神者に頼るほかないが、いきなり刀剣男士が複数顕現されていて、しかも全員が敵意を向けてきて命の危機にさらされる――どう考えても、良い条件とは言えない。

 長く募集をかけていたが、政府とてさすがに立候補するものはいないだろうと思っていたため、積極的に声掛けをするわけでもない。歴史修正主義者の歴史干渉も激化する中、時間を割くことができなかったこともある。
 間もなく募集は終了し、本丸解体の手続きに入らなければならないという段になったときだった。

「審神者様が……やる、と。本丸の、審神者申請を……してくださったのです……」

 こんのすけは大喜びした。誰でもいいから審神者になることができる人間に縋りたい気持ちでいっぱいだった。本当に募集期間がぎりぎりだったことや、名乗り出た審神者が心変わりしてしまうことを防ぐため、事前の顔合わせをすることもなく、政府施設で手続きをしたらすぐに本丸に来てもらう形になった。
 初めて会った相手が子供だったのでこんのすけも驚いたが、感じられる霊力から間違いなく審神者であるとわかって、小躍りした気持ちになった。本当に引き継いでくれる審神者がいるだなんて、と。

 でも、少年が笑顔を浮かべた姿は、見たことがない。

「……殺してくれると、思ったんでしょうね。この本丸の刀剣男士が、自分を」

 クロが小さく言う。
 そんな悲しい理由でこの本丸を引き継いだだなんて、考えたくない。こんのすけは必死に頭を振った。
 

「で、でも! 刀剣男士の皆様がいる広間に行ったとき、審神者様は刀を向けられましたが、避けていらっしゃいました! 死ぬ気があったなら、あそこで避けたりなんか……!」
「……ただ殺してもらおうと思ったのに、できなくなったんじゃねえかな」

 ぽそりと言葉を紡いだのは、金髪の太刀だった。
 獅子王は思い出す。遠目に、引継ぎできた子供の審神者を監視していた時、本丸の結界の張り直しを一週間もかけて、丁寧にやっていた。その間に、本丸の穢れ具合にも気づいただろうし、本丸内を少し歩いてらどれだけ悲惨な状態かも理解していただろう。

 本当は、殺してもらうために来たつもりだった。
 でもそれだけではいられなくなった。

「前のその、主を引き取ってた審神者が、死に物狂いで本丸の立て直しをしてたっていうなら……それも、思い出したんだろうし」

 あと、と言葉を続ける。

「主は……刀剣男士俺たちが、好きだから」

 決して、分かりやすく優しい言葉をかけてくれたわけではない。傷つける言葉でないが、悲しい言葉は投げつけられた。
 でもこちらから寄り添うことは許さないのに、あの子供は寄り添おうとしてくれるのだ。

(俺は、知ってる)

 手入れをしてくれと頼んだら、手入れをしてくれた。
 部屋の前で寝ていたら、毛布をかけてくれた。
 塩ではなく砂糖だったけど、できそこないの握り飯を置いておいてくれた。

 傷だらけの刀剣男士にただ殺してもらって、喜ぶ子供ではない。情報として事前に頭に入れていたとしても、実際に傷ついた刀剣を目の当たりにしたら、あの子供は、自分のことよりもまずは相手を優先する。前の本丸で助けることができなかった刀剣男士と、重ね合わせてもいたのだろう。余計に助けたいと考えたはずだ。
 嫌いなら放置してもよかったはずの血まみれの薬研を、小さい背中におぶって、よろよろと歩く子供を見た衝撃だって、昨日のことのように覚えている。

 少年は、大好きだったのだ。
 刀剣男士のことが、ひたすらに。

「……ははっ。ははは、こいつは驚いた……予想以上の事実に参っちまうぜ。〝鶴爺〟も、随分と格好つけて折れたもんだ……」

 前髪をかき上げて、辛そうに眉を寄せる鶴丸が膝を叩いた。

「だが決まりだ。俺たちは主に救われた。ならば、今度は俺たちの番だ。主を絶対に死なせてはいけない」
「!?」

 目の前の白い太刀の言葉に、クロが瞠目する。

「ひ、人の話を聞いてましたか!? 坊ちゃんは死にたがっているんスよ! あんたたちと主従関係も結ばず、襲撃された本丸に残った! なのにどうして生きろなんて言えるんスか! 言えないだろって、さっきも言ったでしょう!!」
「時間遡行軍に殺されるのは主の本望じゃないだろう! 俺たちが主を殺さないにしても、このままでいいはずがない! 君は〝坊ちゃん〟に死んでほしいのか!?」
「うるさいんスよ!! 死んでほしいわけないでしょう! さっきも言いました! 坊ちゃんがいなくなって、本当に心配で、すごく探しました! でも!」

 少年がいなくなってしまったと気づいたとき、どこかで己の命を絶つ気なのではないかと焦り、全力で探した。見つけることはできなかった。クロの立場では、勝手に不特定多数の本丸の情報を見ることも禁止されており、手段が限られていたことも原因だった。
 主様ごめんなさい、坊ちゃんは死んでしまったかもしれません──審神者の墓に行って泣きながら謝った。

「もう一度会った坊ちゃんは、本当に辛そうで!」

 ある日突然、あるこんのすけが政府施設に連絡をよこしてきた。最近解体されかかっていた本丸を担当している管狐で、引継ぎを希望する審神者と奮闘していることはなんとなく小耳にはさんでいた。その本丸で異常事態が起きているので、霊力の強い管狐に支援を頼みたい、というのだ。
 ちょうど、手が空いていた事に加え、ずっと頭に行方不明になった子供の姿もちらついていたので、気が紛れるだろうと考えたクロが応答した。
 すると、余程急いでいるのか、要請を出してきたこんのすけは早すぎるくらいのペースで本丸情報データを送信してきた。

 データ内容に目を通して――驚愕した。
 審神者の欄に表示された名前と、顔写真に、見覚えがありすぎた。散々探していた子供の姿がそこにあった。同時に苛立ちが募った。
 劣悪な運営をされ荒廃した、解体寸前だった本丸の引継ぎなんて、まるであの審神者の猿真似だ。
 確かに少年に霊力を使いこなす才能はあった。だが、政府の役人としても働いていたあの男に比べれば、まだまだのはずなのだ。そんな子供に、本丸の立て直しができているのか。――そもそも、自分に無断でどうして、そんな、無茶を。

「生きてることが、楽しそうじゃなくて! 苦しそうで、悲しそうで! あんた達にも、主従関係を認めていない時点で! 分かるでしょう!?」

 件の本丸に向かう途中、説明を受けた。穢れが酷く、堕ちかけている刀剣男士らを救うために、刀剣男士同士で戦う可能性が高い。傷を治す治癒の結界を張る手助けをしてほしいという。
 ……どうしても、前の本丸のことを思い出してしまう。治癒の結界を張って皆の役に立ちたいと、叫んでいた子供の姿が、生々しく蘇る。

 そうして、クロと少年は、再会を果たした。
 久しぶりに会って、クロは少年の無事に安堵しなかった。

 あんなにも刀剣男士に懐いていたのに、突き放すような態度。ずっと自分を責めている顔。
 その状況で、心を開いている刀剣男士たちに指示を出す姿は、やはりあの審神者の姿を思い出させた。口調もところどころ、よく似ていた。意識的なのか、無意識的なのかはわからないが、死んだ男の影を追いかけている少年が、どうしようもなく辛かった。

「あの子は、怒りと、悲しみと、後悔で、ただ生きてただけなんス。きっと……だから……」

 ……この子供は、死んだほうが、幸せなのかもしれない。生きろなんて言っても苦しめるだけだ。クロは、そう思った。一緒にいて笑ってくれる刀剣男士がいるのに、子供はぴくりとも笑いやしないから、子供が笑えるのはきっと死ぬ間際だけなのだろうと確信した。
 だから、今回、結界の核が破壊されているので本丸に時間遡行軍が間も無く攻め入ってくると言われたとき、妙に少年は落ち着いていたし、続けて本丸と折れた刀剣を護るために残ると言い出されても、クロも心を乱さなかった。

 やっと子供が全て終えられるとさえ、思ったのだ。
 あの子は小さい体に、つらすぎる現実を背負いすぎた。
 

「……お願いします……もう、忘れてあげてください」

 クロが深く頭を下げる。
 せっかくぬぐった涙が浮かんで、ぼたぼたと、また床を濡らす。

「坊ちゃんを……もう、休ませてあげてください……」

 鶴丸が苦い顔をする。他の刀剣男士も、誰もが辛そうに顔を俯かせた。
 確かに、少年が幸せそうに笑う姿は一度も見たことがない。いつも何かを背負いこんで、悲し気に表情を曇らせていることが圧倒的に多かった。

 彼らでは、少年を幸せにすることは――

「……ごめん。異議あり」

 加州がゆっくりと手を挙げた。
 視線が集まる。彼は、ごしごしと腕でこすって赤くなってしまった目で順繰りに彼らを見つめた。

「俺、昨日、堀川と万屋に行ってたでしょ。そこで、必要なもの色々買ってきてくれって頼まれてさ。商品番号が書かれた紙だったから、何買うか知らないで行ってきたんだけど……主は、俺たち全員に色々買ってたんだ」
「色々?」

 石切丸の言葉に、加州が深く頷く。
 見て、これ。と、己の手の爪を見せるように前に突き出した。前は半分以上はげていたのに、くっきりとした鮮やかな紅で、彩られていた。

「俺は、新しい爪紅だった」

 色々、の意味を理解したらしい刀剣男士たちが、眉を上げた。
 堀川も進み出た。

「僕の分も……兼さんの分もありましたし、万屋の店主さんが色々、教えてくれて。今回、すごく急だったし、全部本丸に置いてきちゃってますけど……でも、思うんです」

 自分のためと思われる浅葱色のピアスを、つけてこなかったことを悔やむ。タイミングを見て和泉守にも渡して、一緒につけようと思っていたから、二組のピアスは己の部屋の中だ。
 だが、万屋で感じた何とも言えないくすぐったさや、喜びは今も胸の中にあった。

「いつ主さんが選んでくれていたのかはわかりません。でも、怒りや悲しみや、後悔だけで……こんなこと、できないと思います」

 結界の核を見て、時間遡行軍が攻めてくると気が付いた。だがこのこと自体は、想定外の出来事だったはずだ。餞別のために買ったわけではないとすると、ただ、皆が喜ぶ姿を想像しながら、選んでくれたのではないか。
 全員に同じものを購入していたならまだしも、一人一人違うことが、それを裏付けている気がした。

「あのさ、俺も」 

 後藤が手を挙げる。

「前に、出陣してた部隊が戻ってきたとき……大将、帰ってきたって言って、すぐに玄関に向かっていったんだ。その時も、刀剣男士なんかどうでもいいって言ってたんだけど……」

 気のせいではないはず。あのとき、少年は、刀剣男士らの「ただいま」という声を聞くと、玄関に向かう歩く速度が速くなっていた。
 早く出迎えたかったのだ。絶対に「おかえり」なんて言わなかったが、全員の無事を確認したいことは、丸分かりだった。

「後悔とかだけで、できねえと思う。ああいうこと」

 刀剣男士が嫌いだと言いながら、手入れをして、周りにせがまれたら仕方なさそうに役割分担をして本丸の掃除をした。一緒に歩いて、食事をして、会話をした。
 本当に嫌なら。主従関係を結ばないで、刀剣男士と関わることを罪だと思っているなら――ともに歩くことを拒絶すればよかった。手入れだけして、会話なんかしなければいい。ひたすら無視をすればよかった。食事なんて、もってのほかだ。
 でもあの子供はあの本丸で、共に生活をしてみせた。認めないと宣いながら、言葉で突き放しても、本当の意味で突き放したりしなかった。

 だから、刀剣男士は少年を主にしたいと思ったのだ。
 彼らとて付喪神。
 元々主ではない審神者に対して、誠意も何も感じなければ、そうそう絆されることはない。

「……ああ。後藤の言うとおりだ」

 言いながら薬研が鶴丸の隣に並び、しゃがんだ。
 鶴丸が、金の瞳を丸くする。藤色の瞳とぶつかり合う。本気で一度は刃を交えたもの同士、どちらからともなく、不敵に笑った。

 目の前の黒いこんのすけに、向き合う。

「黒いこんのすけ。あの子供は、俺たちの主だ。本人が認めていなくてもな。約束させてくれ。――俺たちが必ず、大将を支える刀になる」

 カラン、と音がする。一本歯の下駄の音。
 歩み出てきた今剣が、強い目で、クロを見つめた。

「ぼくも、あるじさまをささえてみせます。まえのほんまるの〝ぼく〟は、あのこをまもるために、あのこのくびをかたなできったのでしょう」

 たとえ個体差があっても、同じ今剣であるなら、護るために刃を向けたことは、苦渋の決断だったことは想像できる。心から、辛かったはずだ。

「ぼくもちかいます。まえのほんまるの〝ぼく〟のいしは、ぼくが、かってにつぐ。ぼくはあるじさまのまもりがたな。おまもりしてみせます。ぜったいに」

 ふん、と鼻を鳴らす者がいた。腕組みをして顔を背けているのは、色黒の、龍を背負う男。
 大倶利伽羅は、横目で黒いこんのすけを一瞥した。

「葛藤して、悩んで。ご苦労なことだと思うが……あの子供に生きてほしいから、前のその審神者はお前に結界を頼んだんだろう。なのに、死んだ方が幸せなのかもしれない……と言っている時点で、死んだ奴らへの冒涜になるのは分かっているんだろうな?」
「!」

 クロが、はっとする。
 構わず大倶利伽羅は続けた。

「死んだ奴らのことを想うなら、主は生きるべきだ。……まだ、這い上がれるはずだろう。俺たちが、そうだったように」

 じわり、ぐにゃり。
 視界がぼやけて、よく見えない。クロの目からまた涙が溢れる。だが、先ほどまでの涙とは違っていた。うれし涙ではないが、絶望のような負の感情だけではない。言葉では表現できないほど沢山の感情が、ごちゃごちゃに混ざったものだった。
 本当に、あの子供はここで何かを見つけることができたのだろうか。かつての姿を知ってしまっているクロからすれば、到底及ばないほど不幸に思えていた。だが、この本丸で傍で見続けていた刀剣男士たちが言うのなら、生きる意味を見出せるのだろうか。

 まだあの子供は、幸せになれるのだろうか。
 正解は分からない。生き延びても、彼らの言葉の方が間違いで、やっぱり自分の感じたことの方が正しくて、ただただ苦しませるだけになるのかもしれない。

 でも。

「……こんのすけ」

 骨喰が小夜と視線を交わしてから、黒いこんのすけを見つめた。

「お前は……穢れで、刀剣男士の道を外れそうになった、燭台切たちを止めようとしていた時……俺たちに、教えてくれた。刀剣男士同士が戦っているが、殺すための戦いではないと。獅子王たちが、危険だということを。……主たちだけでは手に余るから、力を貸してほしいと、言った」

 あの夜、眠りから目覚めた宗三と鯰尾に、小夜と骨喰は信じがたい思いを抱いた。本当に目が覚めたのかと、現実ではなく夢ではないかと疑った。
 そこへ忙しなく駆け付けたのは、見慣れた担当のこんのすけではなく、見たこともない黒いこんのすけ。
 治癒の結界の維持の役割があるから共には行けないが、宗三と鯰尾は子供の審神者の浄化力のおかげで助かったに違いない、だから子供の審神者を信頼して、手を貸してほしい。
 早口に、確かにそう告げた。

 加えて宗三も鯰尾も、審神者の霊力を感じて目覚めることができたと証言した事が後押しになって、彼らはすでに戦っている者たちのところへ仲裁に入るべく、走ったのだ。お守りもなしに飛び込んでいったせいで、後でこっぴどく叱られることにはなってしまったが。

 クロが震える。持ち場を一瞬離れたのは、覚えている。しかし、治癒の結界を維持する霊力の供給のために呼ばれたはずなのに、自分はそんなことを口走っただろうか。
 無意識に、少年の立て直そうとしている本丸を助けたいと思っていたのか。

「あの……」

 続けて小夜が、言った。

「生きててよかったって……思ってもらえるように、頑張るよ……僕たち。与えてもらった分……僕みたいな刀が、どこまであるじ様の幸せの支えになれるか、分からないけれど……」

 僕は宗三兄様たちが目覚めて――待ち続けてよかったと、思ったから。

「~~~っ~~~!!」

 そんな言葉を最後まで聞いて、クロはたまらず、大きな声で嘶いた。コーン、と鳴く声が、部屋の中で反響する。涙を散らしながら、一息に叫ぶ。

「知りませんよ! 勝手にしろってんですよ! 坊ちゃんを助けて、それで、何が、どうなるかなんて、わかんないですけど!! 助けた坊ちゃんがどうなっても! 責任とってくださいよ!! 本当に!!」

 ――もし、死なないでまた坊ちゃんが笑える未来があるなら。

 助けたいと願い続けているのは、クロもだった。