刀剣嫌いな少年の話 拾漆(完)
鬨の声が上がったのと、呪符の縛りを振り払った化け物が、天地を揺るがすような雄叫びを上げたのは、同時だった。
化け物も地響きを上げながら走り出す。巨躯であるせいで距離感がよく分からなくなりそうだが、刀剣男士は臆することなく向かっていった。
最初に正面に走り込んでいったのは長谷部と宗三だ。
化け物の腹から、何体もの歴史修正主義者が飛び出してくる。だが、もう二人は躱す動きは見せなかった。
「主に仇なす敵は斬る!!」
「これが、皆を狂わす魔王の刻印です!!」
捨て身の動きではない。希望を抱き、士気の上がった彼らの動きは止まらなかった。目にも止まらぬスピードで長谷部は太刀を斬り上げ、宗三は打刀を持つ敵を袈裟懸けに斬り伏せ、無尽蔵に排出される敵を圧倒していく。
次に、左右から全力で走り込むのは、燭台切と大倶利伽羅である。
敵の右腕と左腕から、大量の歴史修正主義者が現れた。これに二人も、足を止めたり、避けるためにその場を離れたりすることはなかった。
「このままじゃ、格好つかないんでね!!」
「どこで死ぬかは俺が決める! お前なんかじゃない!!」
燭台切は高く跳躍すると、体の小さい苦無や短刀を咥えた敵の頭蓋を豪快に踏みつける。大倶利伽羅は脇差の複数の蜘蛛のような足を斬り落として動きを奪い、背後にいる敵もろとも刀で串刺しにした。
そして、庭の高い木へと駆けあがり、そこから飛んだ後藤と薬研が、二つの頭めがけて降ってくる。
すると、二つの頭の横で、ぼこぼこ、めきめきと音を立てながら肌が水面の如く泡立つ。――これが、新しい頭が生まれ出る瞬間だと悟るのは、容易なことであった。
反撃はしてこない代わりに、いち早く急所への危険に気づいて無意識下に防御しようと動き出している。
「貫かせてもらうぜ!!」
「ケリつけてやる!!」
怒鳴った薬研と後藤の短刀が、深々の二つの脳天に突き刺さる。そして、新たに増えようとした頭の初期段階と思われる大きな吹出物を、二人が足で踏みつけた。
それでも小さな頭が一つ、ばちんと弾けて生まれ出る。必死の抗いを感じられる動きだ。だが、薬研と後藤はにやりと不敵に口角を吊り上げた。
――本来頭を攻撃する得物として、短刀は役不足である事実。それが、敵を油断させることに成功したのだろうか。小さな頭を一つ増やすくらいでは、足りないというのに。
刃を埋めたままの短刀の頭上から刀を構えた刀剣男士。誠を背負った、二口の打刀。素早さを重視してか、二人とも、重い防具を脱ぎ捨てての猛攻だった。
「俺の裸を見るやつは、死ぬぜ!!」
「本番は、これからだ!!」
最強の剣士と謳われた主を過去に持つ加州と大和守が、二つの首を討ち飛ばす。だが、手ごたえはない。外れかと舌を打つものの、攻撃は終わってなどいなかった。
続けて、ふわりと舞い降りてくる白と赤に染まった鶴が、一羽。
「紅白に染まった俺を見たんだ」
振りかざされるのは、敵の首を刎ねるのに十分な力を持った、太刀。
「後は死んでもめでたいだろう!!」
整った顔に鬼の形相を浮かべ、勢いよく太刀を振るった。
残っていた最後の一つの頭が、景気よく刎ねられる。そこから血が噴き出すことはなく、首の中にあったのは、歪な色で輝く――光球。
ぐにゃり、と光球が一際嫌な光を放った。
そこに、金色の太刀が降り立った。切っ先を向け、叫ぶ。
「これが、俺達の本気だ!!」
そして、振り下ろされた刃は――
「――っ……!?」
光球の眩い光に、阻まれた。
同時に、めちゃくちゃに放たれた無数の光の針に獅子王が一瞬で貫かれる。
「――――」
皆が驚愕に固まる。戦闘の場であるにも関わらず、何もかもの音がかき消えたようだった。
幼い灰色の目が、見開かれる。
血塗れになった獅子王が、化け物の失われた首の上で、突如棒立ちになる。かと思えば、全身がじわりと鉄色に変化し、ぴしり、と全身がひび割れる。血が出ていた、これまでの怪我とは様子が明らかに違っていた。
息をするのも忘れる。
――パキンッ。