鶴が仲間を護る理由
顔面蒼白になった審神者の前で、からりと笑い手を挙げたのは、今回第一部隊の隊長を務めた鶴丸国永だ。彼の特徴といえば全身の真っ白な、まさに「鶴」と言えるような容姿であるが、今はお世辞にも「白」とは言い難かった。体中の至る所から血が流れ落ち、身に纏った全てに赤が染みている。言うまでもなく重傷で、事実、飄々と笑って見せる彼は一人で立つこと等できていなかった。両脇にいる燭台切光忠と大倶利伽羅が支えていたからこそだ。この二人にしてみても怪我をしていたが、鶴丸のあまりの酷さに妙に軽い傷なのではないかとさえ感じられるほどだった。
「つ、鶴丸」
「よぉ主」
出迎えた審神者に対して挙げていた手をゆっくり下ろし、声を発した鶴丸が、とたんに顔を顰める。声を出すだけで激痛が伴っているようだ。しかし、彼はすぐに笑顔を浮かべて軽く首を傾げて見せた。
「どうだ、紅白に染まった俺は。より鶴らしくて、めでたいだろう? 驚いたか?」
「国永」
喋るな、と大倶利伽羅が窘める。次の瞬間には鶴丸は顔を顰めて歯を食いしばっていたのだから、やはりたったそれだけを言うだけでも傷に障ったのだということは傍目でも明らかだった。何とか辛うじて自分の足を地につけ歩いていたが、徐々に彼の体重が、先ほどよりもかけられていくことに気付いた燭台切が審神者に目をやる。青ざめて固まってしまっているのは、心配してくれているが故であろうが、心配するだけでは何も事は改善しない。
「主!!」
「っ! は、はい! 光忠、倶利伽羅、そのまま鶴丸を手入れ部屋に連れて行って!」
審神者の指示に従い二人は鶴丸を支えて手入れ部屋へと急いだ。先ほどまでの鶴丸が嘘のように、目を閉じてぐったりと、完全に二人に身体を預けている状態だ。手入れ部屋へ行く途中で点々と赤い血が斑点を作っているのを見て、唇を噛んだ。一体何が、と眉を顰めれば、歩み寄ってくる気配に顔を上げる。
和泉守兼定が神妙な面持ちで、すまねえ、と口にした。彼はこの本丸において、かなり初めからいる刀剣の一人だ。練度も高く、もしものときは助けてやって欲しいと、第一部隊に入れていたのだ。
「兼定、何があったの?」
「検非違使だ。あいつらが俺らの動きを読んでて待ち伏せてた」
さっと青ざめる。そういえば、資材の不足で手入れがそろそろ滞るのではないかと、似たような地域にばかり出陣させていた。それを幾度か検非違使の一部が目撃していたとすれば、待ち伏せることはそう難しくないはずだ。和泉守が悔しそうに歯噛みし、ぐしゃりと髪を掻く。しかし、そんな彼も所々には痛々しい傷が見られた。
「ごめん、私がもっとちゃんと考えてれば」
「主は悪くねえだろ。俺が庇いきれなかった。っつーか、庇ったのは寧ろ、」
「大将」
声がして視線を下に向けると、薬研藤四郎と厚藤四郎が苦虫を噛み潰したような表情でこちらを見上げていた。彼らもかなりボロボロで、髪も乱れている。つん、と血の匂いがした。
「鶴の旦那のことは俺らに責任がある」
薬研の低い声に、え、と言葉を漏らすのも一瞬。厚が審神者の腕を掴み、声を張り上げた。
「大将、鶴丸、折れたりしねえよな!? 大丈夫だよな!? なあ!?」
「お、落ち着いて、厚、大丈夫だから。大丈夫だから」
「薬研、厚!!」
声が聞こえて来て、二人が弾かれたように顔を向ける。今日は内番だった一期一振だ。彼は二人の姿を認めるやいなや駆け寄り、その傍らにしゃがんだ。
「いち兄……!」
厚が彼にしがみつき、あの薬研までもが泣き出しそうに顔を歪めている。――――と、
「審神者殿! 手入れ部屋の準備ができております!」
たん、とどこからともなく現れたこんのすけに、頷く。刀剣を手入れする以外に、何が起きたのか等を聞くことで他の刀剣たちの混乱を和らげるのも審神者の仕事だ。手入れ部屋の準備は大抵、その間にこんのすけが行ってくれる。あと必要とされるのは審神者の霊力と、その腕だ。
「第一部隊の刀剣男士は全員来なさい!」
鋭く言い放って、審神者が駆け出す。その背を一期は見送り、薬研と厚の頭をそれぞれ撫でた。この二人も手入れが必要だが、今はそれどころではないらしい。弟達の中でもどちらかというと兄の立場に位置する二人がこれほどに困惑し泣きそうになってしまっているというのも、かなり珍しい話だ。
手入れ部屋へ行こうと足を踏み出しかけた和泉守が、ふと振り返って。
「あと一歩で、こいつら折れるところだった。鶴丸に礼言っとけよ」
一期が、微かに目を見開いた。
***
それから数日経ったある日の夜中のことである。その日は、月がとても綺麗に空に浮かんでいた。中庭の池が月光を反射して、いつもより少々明るく感じられるのは錯覚だろうか。
第一部隊の戦績を報告し終え、ついでにと共に審神者の事務作業の手伝っていた一期が、審神者室から出て来た。流石に丑の刻を過ぎたともなると、自然に欠伸が出て来る。無礼ながらも審神者の目の前ではっきりと一度欠伸をしてしまい、「もういいよ」と笑われたのは実のところ居心地が悪かった上に恥ずかしかった。無論、そのようなことを咎めるような人間でもなければ、刀剣らに気遣いのできる、皆から慕われた審神者なのだが。
多くの書物に目を通していたこともあって目が疲れた。眉間を指で軽く揉みながら縁側に出てくると、そこに真っ白な刀剣男士が一人、柱に背を預けて黄昏ているのを目撃した。すっかり静まり返っている本丸の中で、まさか自分と審神者以外に起きている者がいるとは思っていなかったのである。ましてや、相手が相手だ。
「おう、一期」
こちらに気付いた鶴丸が、声をかけてきた。呆けるのをやめて、一期も彼の近くへ歩み寄る。彼は未だに戦のための衣装ではなく、どちらかというと寝間着のような姿だ。襟口や袖口からは、厳重に巻かれた包帯がちらりと見える。顔色も不自然に白く、人間で言うところの「死人のような」姿だった。
「まだ起きていたのですか、鶴丸殿。身体に障りますよ」
「んー? そうだなぁ」
生返事をしてぼんやりと中庭を眺める。聞いていないな、と一期は苦笑した。しかし、彼は鶴丸の意外な一面を見たような感覚に陥っていた。彼が真夜中に、ひっそり月見酒と洒落込むことがあるのは勿論知っている。だが、それはいつも一人ではなく、必ず三日月宗近や鴬丸といった辺りを誘ってという場合の方が圧倒的に多い。というより、一人で飲んでいるところは見かけたことが、少なくとも一期にはなかった。
それに、そもそも今の鶴丸は、酒などを飲めるような状態にはない。人の身を得てしまった以上、傷こそ残らず消えるとはいえ、食事もとれば睡眠もとる。疲労を覚えれば休息を必要とされる。重傷を負った後、やむなくの長期的な安静を要求されるのは避けられないことだった。概ね、人間と彼らは最早同じなのである。
「お隣、よろしいですかな?」
「えっ」
一期が尋ねれば、鶴丸の目が意外そうに丸くなる。
「おいおい、今近侍してるのは君だろう? どうせ仕事してたんだろうし、もう寝た方がいいんじゃないのかい」
「本来の近侍は鶴丸殿でしょう。私は代わりです」
「主はそんなこと思ってないぜ」
「でしょうな。ですが生憎、目が冴えてしまいまして」
「酒もない」
「仮に飲んでたら薬研に報告しますよ」
「はは、そいつぁ勘弁だな。怒られちまう」
からりと笑って見せて、それから一瞬だが鶴丸が顔を顰める。胸の辺りに掴み、ふっ、と妙な息遣いが少しの間だが続いた。慌てて一期が身体を支えようとしたが、それを彼は手を出すことで制した。柱に凭れかかり直し、長く息を吐く。
「鶴丸殿。身体の方は?」
「もう少しかかるって主に言われた。こっちは薬研に診てもらってるし傷自体はもう塞がってるんだがな」
と親指で指すのは、自分の身体だ。治療のことに関しては刀剣男士らの中で最も精通している薬研に任せきりである。しかし、いくらそちらが改善されて日常生活に支障がなくなっても、戦うとなると話は別だ。
鶴丸は軽く肩を竦めた。
「一日に何度も主が手入れをしてくれてるらしいんだが……どうにも本体がな。あと一歩で折れてたって大泣きされてしまった。こんな驚きはいらない、と」
俺だって主を泣かせるような驚きは控えるつもりだったんだぞ? と冗談か何か分からないような笑顔を浮かべるその刀に、一期は呆れた様子で溜息を吐くしかない。
元々自分達は刀だ。人の身を得たとはいえ、結局のところ、根本は変わらない。本体の刀と、刀剣男士の身体は繋がっている。だから、人の身体の方が回復してもそれは日常生活の範疇でしかない。本体が直っていない間に大きく体を動かせば、疲労を覚えるのも早ければ、傷が治っているにも関わらず体に異変や痛みを感じて、満足に刀を振るえないことさえある。無論、本体が直るまでは手合せも控えなければならない。
「だがまあ、検非違使に待ち伏せされて、この程度で済んで良かった」
ぴくり、と。一期の肩が震える。
「勿論光忠も倶利伽羅も結構な怪我だったし、そもそも怪我してない奴なんかいなかったが、一人くらいは折れても仕方ないんじゃねえかと思ったぞ。いやぁ、あんなにデカイ驚きは久々だったな」
「その“一人くらい折れても”というのは鶴丸殿自身のことを言っておられるので?」
すかさず言葉を挟んできた一期に、きょとんとした視線を向ける。何とも言えない表情をしていたので、鶴丸は肩を竦めた。
「そりゃ、俺も例外じゃなかったろうなぁ」
「薬研と厚から話は聞いてますよ」
二人の名前を出しても、目の前の彼は素知らぬ顔だ。また次の話題が見つかれば逃げられるな、と思った一期は言葉を続ける。同時に、膝の前に両手をついた。
「―――――私の弟達を護ってくれたこと、感謝しております」
* * *
手入れを終えた和泉守を捕まえて、一期は何があったのかと尋ねた。薬研と厚に話を聞くことが一番手っ取り早いといえば違いなかったのだが、あの二人は罪悪感に苛まれ、とてもではないが話を聞くことが出来そうにはなかった。加えて、「治療は俺っちが一番よく分かってる」と、一期に甘えるのもそこそこに手入れ部屋へ走って行ったのだから、これ以上妙な負担をかけることは憚られた。話す、ということは、もう一度向き合わせる、ということだ。
『全員が目の前の奴に手一杯だったからな…』
ぐしゃりと髪を掻き上げる和泉守は、一度は面倒くさそうに顔を顰めたが、ぽつぽつと話をしてくれた。
予想していなかった検非違使の奇襲。最初の攻撃は、一瞬早く敵の気配に気が付いた和泉守の声に従って、間一髪で四方に跳ねて躱した。薙刀が一、槍が四、大太刀が一。一体何の冗談かと思った、と彼らは感じたと言う。
だが此方の練度もそれなりであるし、日々の鍛練だって欠かさない。おいそれとやられるつもりは勿論なかった。だが、突然の奇襲で連携が崩れたのは言うまでもない。誰も彼もが一対一の戦いに持ち込まれた瞬間から、やられたと思った。薙刀の攻撃が全員に及ばないように、振るわせないようにと、和泉守が全力で相手をする中、他の刀剣男士も無論苦戦を強いられた。だが、薬研と厚の判断の早さには、その場にいた第一部隊の全員が舌を巻いたらしい。持前の短刀なりの機動力を活かして、散り散りになっていた二人が合流すると、二人がかりで相手方の槍を二つ破壊したのだから、なかなかのものだと思う。しかし、
――――ちょーっとごめんよっと!
鶴丸の、言葉とはまるで相反するような、その調子。驚いて和泉守が視線をやったほどだ。目の前の突き出されて来た槍を弾き返し、あろうことか踵を返した、つまり敵に背を向けた鶴丸。勿論その隙を逃すはずもなく、敵方の槍はその背に豪快に槍を突き入れた。が、それでも怯まずに鶴丸がその場を離れる。「逃げる」のではなく、「離れた」のだ。そして、その行先が―――
――――鶴丸さん!!!
叫んだのは恐らく、燭台切だった。
血を見ることは恐ろしくはない。しかし、薬研も厚も、何が起きたか分からなかった。槍を破壊し、一瞬の安堵が、この隙を生んだのだろう。突然走って来た鶴丸が二人の頭を抱え込み、ぐるりと体を回す。そして、今まさに二人の短刀を斬りつけようとしていた大太刀の刃が、庇った鶴丸に炸裂した。ごふり、と血を吐いた鶴丸がその場に膝をつくのと、後ろの大太刀を追撃した燭台切が派手に破壊したのはほぼ同時だった。あと一歩というところまできていた大太刀が、道連れを考えて相手の燭台切から短刀の二人へと標的を変えたといったところだったのだろう。
――――……旦那?
――――…………え……
ばたばたと溢れる血。迫ってくる気配。それは、先ほど鶴丸が、己の背中を犠牲にしてでも「後回しだ」といなした槍だ。状況が分かっていない二人の頭を、血塗れの手でぐしゃりと雑に撫でる。そして顔を上げた鶴丸の表情は、
――――……紅白に染まった俺を見たんだ……
ぎらり、と光る金目は、戦闘狂を思わせるような危険さを孕んでいた。
――――……あとは死んでもめでたいだろう?
* * *
「あれは驚いたねえ、まさか光忠が相手してる大太刀が薬研と厚のとこに行くなんて思わないじゃないか」
「しかし鶴丸殿は気付いたのですね」
「ちぃと心配だったからな。いかんせんあの二人は短刀だ。折角主が作ってくれた刀装も、俺達みたいに満足につけられない。加えて支援無しっていうのは『折れろ』と言ってるようなものだろう?」
それに薬研も厚も、第一部隊の中で比べると少しばかり練度が低い。 だからこそ、古参の和泉守もいたわけなのだが―――。
一期は酢を飲んだような顔つきになる。
どうせ彼は、飄々としながら、本丸に戻ってくるまでにもこんなことを言ったのだろうことは容易に想像がつく。「驚きというのは悪くない」と。
勿論鶴丸がいなければ、薬研と厚は十中八九折れていただろう。その点に関しては感謝でしかない。感謝でしかないが、何か、煮え切らない。そもそも戦っている最中に敵に背を向け、そこに一撃食らっているというのはどういうわけだろう。自身を顧みないにしても程があるのではないだろうか。
だが、彼がしばしば、周りの刀剣男士を庇うという行為をしていることは、多くから聞いている。どうしてそんなにも自己犠牲が過ぎるのか。
「……鶴丸殿は、己がどうなってもいいとお思いですか?」
「何だい、藪から棒に」
真っ直ぐとした一期の目を受け、へらへらと笑っていた彼は表情を改める。
困った様子で少し頭を掻くと、月を見上げた。
「………そうだなあ。……一期、君、御物だったときのことは覚えてるか?」
「………ええ。勿論」
「俺もだ。よく覚えてる」
人の身を手に入れるより前のこと。つまり、この本丸で顕現されるよりも前のこと。「一期一振」という刀は、孝明天皇に献上されたことを皮切りに、皇室御物としての刃生を送ることになった。だが、徳川家康が己を再刃するように依頼してから、もうそれは始まっていたのではないか、と今では思う。
当時は物言わぬ刀だ。無論、自身の意思というものもなかった。だが、ここでこうして「心」をも手に入れ、生活する中で、過去の記憶はどうにも生々しく思い出されるのである。鶴丸ではないが――――少々、「見られるだけ」の生活は、つまらなかった。
「驚きがなけりゃ、心が先に死んでいく。そう思ったのは“心”を持ったからこそ言えるんだろうがな」
それは鶴丸の口癖だ。「人生には驚きが必要だ」と、ことあるごとに彼は言う。
「御物ってのは本当につまらなくてなあ。どうしてこんなに退屈なんだと思ったもんだ」
伊達家を去る時、まさか「見られる」ばかりのこれほどにつまらない生活が待ち受けているなど、思わなかった。大事に大事に保管され。人間に見られ、素晴らしいと褒め称えられ。―――だから何だ、という話である。
自分は刀だ。刀は振るわれていなければ刀ではない。そんなものはただの芸術作品だ。絵画や壺と同じだ。刀としての本分を忘れるのではないかと思った。今思えば、あの日々の中で文字通り、「心が死んでいく」んじゃなかろうかと思った。
本丸に顕現されて、初めこそ戸惑ったが、自由に歩き、走り、移動ができることには感動したものである。より刺激が欲しくて、驚きばかりを追求するようになったことも否定しない。邪見にする者達も、一度皇室御物というものを味わってみたらどうか。きっと、数日とならないうちに「驚き」が恋しくなるだろう。
「……『ここ』に来て…何より、刀を振るえることが嬉しかった」
月に手を翳し、空を掴むようにぎゅっと握る。自身を「刀」であると、思い出せた瞬間と言える。自身を呼び出してくれた主が、また観賞用にと傍に置くだけにするのではと、心の何処かで不安があったのかもしれない。刀の本分を発揮して戦えることは楽しかった。
「…あと。刀を振るえるってことは、相手を殺せるってことになるんだろうが…つまり、仲間も守れるってことだろう?」
問いかける様に首を傾げた。一期が、そこでハッとする。
悪戯小僧のように、白い歯を見せた鶴丸は笑うのだ。
「俺の身体が動く限りは、護ってやりたいね。御物なのに御物らしからぬ芸当だ。どうだ、こんな的外れな働きをするという驚きも、一興じゃあないか」
だから庇っているというのか。
だから多く敵を倒して、「流れ弾に当たったようなもの」と意図したわけではないと、誤魔化しながらも仲間が傷つくことを避けようとしているのか。
―――にしたって、もう少し自分を大事にしてくれてもいいではないか。
「鶴丸殿は、もしそれで自分が折れてしまったら、と思ったりはしないのですか」
少し考える仕草をしてから、
「何て言うんだろうな……別に折れたいとか思ってるわけじゃないから勘違いしないでほしいんだが。俺達は歴史の改変を防ぐために『ここ』に呼ばれたわけだろう。そして『ここ』での戦いが終わったら、俺達はどうなるのか、とか。考えたことはあるかい?」
「……その場合は、このまま、『ここ』に居続けて、次の歴史の改変の危機が起こった際に、再び駆り出されるか…あるいは……」
「あるべき場所に、帰るか」
肩を竦めて、鶴丸は笑う。
「……こんな仲間もいて主もいて、使ってもらえて、自由に動けて。そんな楽しくて楽しくて仕方ない、飽きない日々を知ってしまった状態で、俺は皇室に戻れる気なんかしなくてな。耐えられる気がしない」
なら、戦いの中で折れた方が、まだ幸せさ。
嗚呼、少しだけ分かる気がする。一期は中庭に視線をやり、目を細めた。
全てが終わったら、などと考えたことは、ほとんどなかった。ただ目の前の生活を享受していただけだ。だが、たしかに全てが終わったら、自分はどうなるのだろう。折角、弟達と会えたのに。
「だが、おめおめとやられる気はないぜ? どうせなら仲間を護って折れたいところだ」
「仲間を護った上でいてくださった方が、私は嬉しいですが」
「おっ? 一期一振様にそんなことを言われるだなんて、驚きだな」
目を丸くして大仰に驚いて見せ、それから淡く微笑む彼が、妙に危うく思えて。
貴方も守られていいんですよ、と言った言葉は、月を見上げ続ける彼に、果たして聞こえているのかいないのか、それは分かるはずもなかった。
了