ともだち。

2020年4月7日

 いやー……参った。
 スポーツドリンクをグビグビと飲みながら、晴れ渡る空を見上げる。夏においての快晴はこの上なく不快で、少しは雨でも降ってくれと言いたくなる。
「麗」
 名を呼ばれ、隣りを見た。歩み寄ってきたのは、夢子だ。
「何?」
「まだ半分しか終わってないんだよ? 後半はスクエアパスも入ってくるんだから、あんまり飲むとお腹痛くなっちゃうよ」
「うぇ!? スクエアパス!!? まだそんな、ヘビーなメニュー残ってたっけ!?」
 夢子は汗を拭いながら、呆れ顔で頷いた。
「前半はマンツーマンとかばっかりだったでしょ。いつも先にやるスクエアは後半にまわされたって、部長が言ってたじゃん」
 麗は顔を顰めながらも、渋々頷いた。
 今週の日曜は、練習試合が予定に組まれている。それゆえに、この夏休み前半の練習は、いつもに増して内容が鬼である。
 エナメルバッグの上に置いてあるタオルをとり、汗を拭う。体育館は完全に蒸し風呂状態だ。こういうときに限って、男子バスケ部はオフにしているのだ。おかげで大きい体育館を二分割にせず、オールコートで行なうことになる。
 溜息を吐いた。全く、いい迷惑だ。

 麗は、他の部員と比べて、やる気が萎えやすかった。その理由は、きわめて単純である。彼女はバスケ部に入部して早一年、ベンチだからだ。練習はしているのに、技術的に皆よりかなり劣っていて、試合の際には必ず応援やスコアラー(スコアシートを記入する人)にまわされていた。
 それでもやはり、自分のプライドというものはあるので、なんとか頑張って、一度でも、いや一瞬でもベンチというものから脱しようと、練習した。
「あーあ…」
 誰にでもなく、呟く。
「今更ながら、なんでこうなっちゃうかなー…」
 夢子はただ、苦笑するのみである。
 麗の膝に、ついこないだまでは無かったサポーター(というより硬めのベルト)が巻きついている。
 膝の違和感に気付いたのは、数回、マンションの階段から落ちかけたときだった。妙に痛くて、動かしにくいような。そして病院に行ってみたところ―――壊してしまったらしいことが分かった。
 それからは、もうほとんど諦めてしまった。膝が悪くて、ただでさえバスケ部としての能力が低いのだから、もうずっとベンチだろうと思った。練習をするくらいなら、スコアの書き方でも改めてきちんと学び直したほうがいいんじゃないか、とさえ思った。
『ビ―――――――ッ!!!!!』
 体育館から、ブザーの音が聞こえた。休憩終了の合図である。
 外で色々と語り合っていたバスケ部員達が、あわてた様子で体育館の中に駆け戻っていく。
「行こ」
 夢子が言い、
「うん」
 麗は答えるものの、彼女と一緒に体育館に入っていこうとはしなかった。
(憂鬱………)
 溜息しか、でない。
 ―――――ゴツッ。
「いてっ」
 ふいに頭を殴られたので、眉を顰めながら振り向いた。そこには、一度大喧嘩して……そして漫画か何かのように、話すようになった部員の、光紀がいた。
「光紀ちゃん…?」
「いてっ、じゃねーよ! ほら、休憩終わり! 入んぞ!」
「うー……ん……」
「なんだよ、その返事」
 不愉快そうに、光紀は麗の背をバシンと勢いよく叩く。あまりに強いもので、思わずよろけてしまう。

 光紀は、バスケ部の中でもかなりバスケ技術が高くて、スタメンの一人である。麗と正確は真反対で、喧嘩のときはバスケ部全員でミーティングしなければならなくなったほど大事になった。それだけ、光紀と麗の仲は最悪で、不穏な間柄になったのだ。
 しかし、今では、麗が何か困ったことがあったときに、いち早く飛んできてくれる存在。ミーティング後、できるだけ嫌々でもお互いの性格を認める様にしてきたことは、意外にも功を奏したらしい。
「いや……きついなぁと、思って」
「今に始まったことじゃねぇだろ!」
「あとほら、暑さもきついけど、膝も…」
 そこで、光紀はジタバタと暴れ始める。
「あ~~~~~もう!! うぜぇ! 無理!! わかった、入ろう! もう入ろう!! 結局やりゃあいいんだから!!」
 最後に、持っていたタオルで麗の顔面を打っ叩き、体育館の中へ戻っていった。
 光紀は、本当に不思議な友達だ。
「……はーい」
 麗は、彼女の後についていく形で、体育館に入った。
(やれるだけ、やろう)
 休憩後、バスケットボールを手にして、唐突に思った。

 理屈も無く、光紀はいつも滅茶苦茶なことを言う。
「えぇっ、無理だよ、そんなの。出来ないって!」
「無理じゃねぇし!!!」
「何を根拠に!?」
「そんなもん知るか!!!」
 このような会話は、しょっちゅうだ。
 女の子とは思えない、激しい、友達。
 言うこと一つ一つに、責任はもたない。が、下手な慰めや励ましより、よっぽど元気になれる。それは光紀が変わってくれたからだろう。麗はそれに甘えているだけだ。

「ほら、麗! 遅い! トロい! んが―――っ!!!」
「ごめんごめん。てか今の『んがー』は何?」

 でも。あんまり見習いたくは無い。
 そんな友達。
 ぐちゃぐちゃで、大変になることは否めないけれど。

 それも意外と、いいもんだ。

 



※ノンフィクション作品です。